遊び場大喜利
お題
いつも何故かドラマチックなことな起こる「会茂田(えもだ)国際空港」での今日の出来事
シャープくんさんの作品


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……



「君って、うるさくさえなければ完璧なのにね」
会茂田に帰ってくるといつも、そう言って彼女がいたずらっぽく笑う。


「仕方ないだろ。離着陸はみんなこうなんだから」
そう返す僕の笑顔はいつだってぎこちない。
分からないのだ。人間の女性との向き合い方が。


「お疲れさま。何もなかった?」
こんな硬い部品の継ぎ接ぎに向かって彼女は、その柔らかい声で、その柔らかい表情で、それでも目の前の僕を何か掴んで離さないような力強さを湛えて、いつも笑って語りかける。


「うん。何もなかったよ」
フランクフルトから約12時間、帰ってきたばかりでまだ感覚が整っていない僕はいつも、これくらいの返事しかできない。





「私ね、君みたいな仕事がしたいんだ」
僕の調子が戻るのを待っていてくれたのか、あるいはそれは僕の考えすぎか、しばらく黙っていた彼女が口を開く。僕は人間について詳しく知っているわけではないが、たしかに彼女は人生の進路を真剣に検討する時期にいるらしい。


「飛行機の何に憧れるんだよ」
浮かんだ疑問をそのまま彼女に伝える。ぎこちない僕の言葉は、彼女に対して冷たく響いたかもしれない。
一体、人間が飛行機を見て、何をしたいと思うのだろう。まさか「飛行機になりたい」などと少年のようなことを言うでもないだろう。親に連れられて来た子どもがそのようなことを言う姿はたしかによく見るけれど、彼らと同じことを今の彼女が考えているとは思えない。


「対象をA地点からB地点へ運びたいの」


「え?」
本当に分からなかった。たしかに僕たち飛行機の仕事は、ヒトやモノという対象をA地点からB地点へ運ぶことだ。子どもたちが憧れを抱くような「空を飛ぶ」という部分は、あくまでその仕事のために必要な手段でしかない。
彼女は、なんでそんなことがしたいんだろう。


「だって君、いつもすごく楽しそうにしてるでしょ?」
僕が聞くより早く、彼女は僕の疑問に答える。


「楽しそう?僕が?」
対象をA地点からB地点へ運ぶという僕の仕事について(僕の場合は会茂田とフランクフルトだからE地点からF地点と言ってもいいかもしれない、いや、それだと往復とか考えるときにA⇔Bにある互換性がE⇔Fにはなくて紛らわしくするだけか、なんでもないです)、少なくとも僕が「楽しい」と認識していることはないつもりだった。僕が楽しそうにしているとしたら、それは彼女がこの空港にいるということに対して


「君はいつも、どの飛行機よりも楽しそうだよ」
僕の思考を遮って、彼女はまたいたずらっぽく笑う。でもそれは多分ちょっと違う。
僕だって他の飛行機と同じように、飛行機としてのこの対象をA地点からB地点へ運ぶ仕事を通じて、僕が飛行機としての僕を楽しませてやっていることはないはずで、会茂田に、彼女がいる会茂田に留まっていられるこの決して長くない時間だけが、他の飛行機たちが持たない表情を僕に与えているんだと思う。


「どうしたの?」
返事ができず黙っている僕に彼女が聞く。


「僕は…」
対象をA地点からB地点へ運びたいという感覚はよくわからないけれど、いずれにせよ本格的に仕事を探すようになれば彼女は、今までのように会茂田に来ることができなくなるかもしれない。だとしたら僕は、早いうちに彼女に伝える必要がある。彼女が気づいていないかもしれない、他の飛行機たちが持っていないはずのこの気持ちを。


「ん?」
彼女が笑う。


「その、僕は仕事が楽しいわけじゃなくて、いや別に楽しくないっていうのは嫌いってことでは決してないんだけど、そうじゃなくてなんていうか僕が楽しそうにしているとしたらそれは、」
言葉を上手く運ぶことができない。運ぶことが仕事なのに、今はそれが覚束ない。

「それよりも、会茂田にいる時間が楽しいっていうか…つまりその……僕は」
落ち着いて、対象をA地点からB地点へ。

「今みたいにこうして君と…」
運ぶ。伝える。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
瞬間、誰かの離陸する音が遮る。







オオオオオオオオオオオオオオオオ………



「君とどっちがうるさいかな?」
彼女が、いつものようにいたずらっぽく笑う。

「みんな一緒だろ」
僕の笑顔は、いつものようにぎこちないだろうか。
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2点bmo「ぼっちゃん」
4点おり
3点水谷新太郎
4点たたかう
4点朝のりんごは金のシャチホコ
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